錦城山便り


錦城山やその周辺の毎日をお届けします


2020年02月19

 

『戸次丸』

大聖寺城の北東側にある戸次丸は、織田軍が一向一揆勢を撃退した時、最初に築いた曲輪です。交通の要衝で、曲輪からは大聖寺川や畑山などがよく見えます。この曲輪の北側に、いくつもの小さな曲輪が何段もあり、歩いて回ることができます。


2020年02月18

 

『雪積る』

天気予報の通り、今朝雪が積もっていました。錦城小学校のグラウンドも、一面真っ白でした。日中は、時折みぞれやあられが降る程度で、夕方には殆ど融けていました。


2020年02月17

 

『旧大聖寺藩主国許別邸跡』

大聖寺耳聞山町にあった、旧大聖寺藩主の国元別邸跡です。1912(大正元)年11月、2階建て校舎を新築・国許別邸を改築し、それまで大聖寺八間道にあった江沼郡立実科高等女学校が移転。1921(大正10)年4月、石川県江沼郡高等女学校に改称。1923(大正12)年2月17日、県立に移管。これにより、石川県立大聖寺高等女学校となりました。


2020年02月16

 

『トイレ新設中!』

江沼神社後の錦城山山麓駐車場の一画で、今、トイレが作られています。周りの景色に馴染む、板張りで瓦葺きの屋根のトイレです。このトイレの供用開始は、もう少し先とのことです。


2020年02月15

 

『大聖寺関町』

関町を、西(錦町)側から東(越前町)側に見た様子です。町名の通り、この交差点の右側に大聖寺関がありました。関所は1803(享和3)年に口留番所と改称され、1869(明治2)年に撤廃されました。不要となった門は、宗寿寺に山門として移築され、今に残ります。


2020年02月14

 

『誉のドコ行く?旅のプラン』

2月24日(月・祝)、テレビ金沢のアナウンサーで、『となりのテレ金ちゃん』の『誉のどこ行く?』コーナーで有名な塚田誉さんが加賀市民会館に来ます!ライフプランニングセミナー『誉のどこ行く?旅のプラン』について、話されます。参加希望の方は、市人口減少対策室に事前申し込みください。


2020年02月13

 

『英訳日本百名山』

右の本の表紙には、『ONE HUNDRED MOUNTAINS OF JAPAN』と、記されています。『日本百名山』の英語版です。左のイギリスの本『THE ALPINE JOURNAL 2016』に、この英語版日本百名山が紹介されています。英訳日本百名山は、深田久弥山の文化館内の図書室にあります。左の書籍は、今後、山の文化館で購入予定とのことです。


2020年02月12

 

『谷口駒吉』

明治時代、大聖寺に谷口駒吉という九谷焼の職人がいました。駒吉は、赤絵細描・青手・大昌寺伊万里・中国写し等を制作し、卓抜した技術を持ちながら、名を馳せる前にこの世を去りました。今、石川県九谷焼美術館で『知られざる近代九谷の名工 谷口駒吉』展が開催されています。300点を超える遺作や資料の中から厳選した約100点を展示し、谷口駒吉の偉業を顕彰します。会期は3月29日(日)までです。


2020年02月11

 

『鬼子母神星まつり』

鬼子母神は、釈迦の正しい教えによって悪人から善人になり、子宝・安産・夫婦和合・子どもの健康・保育・安全の御利益があります。宗寿寺の鬼子母神星まつりは、今年一年の悪霊災いを取り除き、心身共に健康で、家族共々幸福な生活を送れるよう、合わせて国家安泰・五穀豊穣を願います。


2020年02月10

 

『竹割りまつり』

毎年2月10日に行われる菅生石部神社の『御願神事』(通称、竹割りまつり)(県指定文化財)は、677年の天武天皇による宝祚長窮国家安泰の御立願により始められたとされています。長さ2mの青竹を、白装束の若衆が石畳に打ちつけて次々と割っていました。竹を割り終えると、大蛇に見立てた大繩を引きずり回したのち敷地天神橋から大聖寺川に投げ入れ、祭りが終わりました。


2020年02月09

 

『初午(はつうま)』

711(和銅4)年2月の初午の日、京都伏見稲荷大社の御祭神宇迦御霊神(ウカノミタマノカミ)が、伊奈利山(現、稲荷山)に降り立ちました。稲荷神の眷属である狐は、油揚げや稲荷寿司が好物です。初午の日は、稲荷神社にお詣りし、油揚げや稲荷寿司を奉納します。


2020年02月08

 

『北陸新幹線延伸工事』

大聖寺菅生と南郷町との間を、三谷川が流れています。その三谷川に架かる高橋の上を通る北陸新幹線の工事現場です。アンダーパスの上を北陸本線が通っており、その南郷側で北陸新幹線の延伸工事が進められています。


2020年02月07

 

『サルの親子』

朝の気温は氷点下でしたが、天気は良く風も無く穏やかでした。この天候に誘われてか、梅が咲き良い香りが漂う江沼神社に、サルの親子が現れました。子ザルは何度も地面から何かを拾い口に入れていました。おそらく、境内に沢山落ちている椎の実を食べていたのではないかと思います。


2020年02月06

 

『うっすらと雪』

天気予報通り、今朝は地面が雪で少し白くなっていました。日中、殆ど融けましたが、一日中気温は上がらなかったため、日陰の雪は夕方まで残っていました。画像は、錦城小学校と熊阪川に架かる大手橋です。


2020年02月05

 

『ボランティア大学』

第15期『加賀市観光ボランティア大学』の受講生募集が始まりました。月2回の講義と実地研修で、加賀の魅力を伝えるひと・こと・ものを学びます。講義は市民会館で、第2木曜午後7時30分から9時迄。実地研修は現地で、第3土曜日午後1時30分から4時30分迄です。詳しい内容は、画像の募集要項で確認ください。



2020年02月04

 

『高架橋工事』

大聖寺川と三谷川放水路との合流地点から見える、北陸新幹線延伸工事中の高架橋です。2023年春の完成まで、3年余りとなりました。


2020年02月03

 

『豆撒き』

大聖寺のいくつもの寺社で、節分の豆撒きがありました。画像は、天満さんで知られる江沼神社の豆撒きの様子です。集まった人達に、宮司さんと年男の方が厄払いと無病息災を願って豆を撒いていました。


2020年02月02

 

『大繩編み』

御願神事(竹割まつり)まで一週間余りに迫った今日、大繩が編まれました。3本の藁縄大繩の中に藁束を継ぎ足して長くしていき、その3本を撚り、最後に体重をかけて締めます。ながさが20mになるまで、この作業を繰り返して大繩が出来上がります。


2020年02月01

 

『白鳥飛来』

先日、北國新聞でも紹介された大聖寺上福田町の水田に飛来している白鳥です。少しの間に、次々と白鳥が飛来してきます。写真愛好家の方が何人も、シャッターチャンスを伺っていました。


2020年01月31

 

『鬼子母神星まつり』

毎年2月11日、旧大聖寺藩の関所門を移築した山門や嫁脅しのお面があることで知られる『日蓮宗 久昌山 宗寿寺』で、『鬼子母神星まつり』が執り行われます。参道で、下帯一つの住職が水を何度も被り、心身の健康と幸せそして国家安泰と五穀豊穣を祈ります。開始は、10時30分からです。


2020年01月30

 

『菅生石部神社の節分会』

御願神事(2月10日)が近づいている菅生石部神社では、先日竹の準備が行われました。今週末は、もう一つの主役、大繩が作られます。御願神事の一週間前の2月3日には節分の豆撒きが行われます。時間は午後6時からで、どなたでも参加できます。


2020年01月29

 

『大岩山明王寺の節分会』

2月3日、夏の火祭りで知られる『真言宗 智山派 大岩山 明王寺』で、節分の豆まきがおこなわれます。どなたでも参加でき、時間は午前10時からです。


2020年01月28

 

『東横町のお不動様』

今日28日は初不動です。大聖寺東横町には、大般涅槃経の文言『天魔外道皆仏性』(右)『四魔三障成道来』(左)が記された石碑が立つお堂があります。お堂には、明治時代に東横町の町民が勧請したお不動様が安置されており、1月1日・3月28日・7月28日に町民がお参りします。


2020年01月27

 

『御願の準備進む』

菅生石部神社境内に、竹割まつり(御願神事)で使用する竹が切り出されていました。2月10日の竹割まつりまで、2週間を切り、祭りの準備が進んでいます。


2020年01月26

 

『文化財火災防御訓練』

1949(昭和24)年1月26日、修理中の法隆寺金堂から出火し金堂の壁画を焼損。この事故をを受けて、1955(昭和30)年に『文化財防火デー』が制定されました。大聖寺では、国の重要文化財長流亭前で消火訓練が行われ、自衛消防隊や消防団が大聖寺川に向けて放水を行いました。


2020年01月25

 

『左遷の日』

1100年余り前の901(延喜元)年1月25日、『東風吹かば匂いおこせよ梅の花主なしとて春な忘れそ』の歌で知られる菅原道真は醍醐天皇によって九州太宰府に左遷されました。菅原道真が祀られている江沼神社(天満さん)の梅が、早くも咲いていました。雪は降らず、気温も高いためでしょうか?


2020年01月24

 

『愛宕神社』

24日は、愛宕権現の縁日です。大聖寺岡町の愛宕神社は、火伏せ・防火に霊験のある神社で、毎年8月24日に夏祭りが行われます。


2020年01月23

 

『宗寿寺』

山の下寺院群の一つ、『日蓮宗 久昌山 宗寿寺』の山門です。旧大聖寺藩の関所門を移築したもので大変貴重なため、市文化財に指定されています。宗寿寺には、この山門以外にも市指定文化財が3件あります。『スダジイ』(天然記念物)、『木造日蓮上人座像』(彫刻)、『紙本著色釈迦涅槃図 狩野俊信筆』(絵画)、です。


2020年01月22

 

『長流亭』

大聖寺川河畔に建つ、国の重要文化財長流亭を対岸から見ました。以前は樹木がありよく見えませんでしたが、現在、長流亭横の松島橋架け替え工事のため、樹木が取り除かれ、建物全体がよく見えます。今週の日曜日(26日)10時から、長流亭横で『文化財防火災防御訓練』があり、地元の自衛消防隊や消防団による放水が行われます。


2020年01月21

 

『大岩山明王寺』

錦城中学校近くの石堂山のふもとにある『真言宗 智山派 大岩山 明王寺』の本尊は、大岩山日石寺(富山県中新川郡上市町)不動明王の分身といわれ、眼病平癒で知られています。8月最後の日曜日に行われる『夏の火祭り』が有名で、毎年大勢の人が百日の行と同じ功徳があるといわれる火渡りを行っています。2月3日の節分の豆まきは10時からで、誰でも参加できます。


2020年01月20

 

『江沼神社

初詣や左義長の賑わいが一段落した江沼神社境内です。来月2月3日、江沼神社で節分の豆まきが午後4地30分から行われ、拝殿がまた賑やかになります。江沼神社の豆まきには、誰でも参加できますので、皆さんどうぞおいでください。


2020年01月19

 

『二の丸

錦城山の大聖寺城跡『二の丸』を、馬洗い側から見た様子です。二の丸には、2か所の虎口(出入口)があります。西側から北側にかけて長い土塁が築かれ、その周りに空堀が巡らされており、とても厳重に防御されていました。


2020年01月18

 

『初観音

毎月18日は観音様の縁日で、1月18日は初観音といいます。画像は、加賀市三谷地区曽宇町の寺尾山にある、坂東三十三観音です。寺尾山には、奈良時代に武蔵国箕輪の修験僧が捧持した十一面千手観世音菩薩が、曽宇町の守護仏として安置されており、江戸時には大聖寺藩前田家代々の祈願所となっていました。


2020年01月17

 

『下馬屋敷跡の倒木

大聖寺城の貴重な遺構が残る錦城山では、近年強風などで立木がよく倒れています。1・2枚目の画像は、昨年の秋に発生した下馬屋敷跡の倒木です。そして、3・4枚目の画像通り、ようやく倒木の撤去が行われました。


2020年01月16

 

『空堀(からぼり)

錦城山に残る大聖寺城の二の丸(左側)と三の丸(右側)の間の通路です。城があったころ、この通路は空堀で、発掘調査の結果現在よりも2mほど深かったことが確認されています。空堀は、『水の無い堀ですが、堀切とは異なり曲輪などを囲んでいます。山城の場合は、幅が狭くても深く掘ることで高い防御力を発揮しました。また、底が平らな箱堀の場合は、堀底を通路として利用することもあったようです』。


2020年01月15

 

『蓮光寺の星祭

山の下寺院群の『日蓮宗身延派 華徳山 蓮光寺』で、今年も『北辰妙見大菩薩』の縁日の1月15日に『星祭』が行われました。一回鐘が撞かれると、信徒の方々が団扇太鼓が鳴る中を僧侶が参道の樽に向かい、無病息災を願って下帯姿で『六根清浄』『水行肝文』を唱えながら何度も水をかぶりました。そのあと、北辰妙見大菩薩と鬼子母神が祀られているお堂で、厄除け祈祷が行われました。


2020年01月14

 

『御願神事

1400年余り前の585(用明天皇元)年創建の菅生石部神社で、来月2月10日(月)に『竹割まつり』の名で知られる『御願神事』が行われます。1300年以上前の677(天武天皇5)年に始まった御願神事は、尚武の道を忘れぬための行事です。その名の通り、石畳に青竹を打ち叩いて割るという、非常に荒々しいもので、その雄姿を撮るため各地からカメラマンが集まります。


2020年01月13

 

『左義長

これまで雪の中での左義長は普通でしたが、雨の左義長です。幸い、火が消えるほどではなく、締め飾りや古いお札・お守りなどが焚かれていました。参道脇の梅の蕾も一段と色付いてきています。


2020年01月12

 

『初放水

小雨の中、加賀市消防出初式が開催されました。ラッパ隊に続いて各消防分団が入場行進しました。行進が終わると、初放水です。下帯姿の消防団員が入場し、華々しく初放水が行われました。発放水が無事終わると、会場から大きな拍手が起こりました。


2020年01月11

 

『ダウンジャケット

1910(明治43)年に建てられた絹織物工場を修築した深田久弥山の文化館には、図書室・展示室・談話室などの部屋があります。かつて生糸の保管庫であった石蔵には、久弥ゆかりの品々が展示されています。この赤いダウンジャケットは、1966(昭和41)年に久弥が中央アジア、シルクロード調査で使用したもので、当時ダウンジャケットはとても珍しいものでした。


2020年01月10日
ロウバイ(蠟梅)
香りがよく、まるで蝋細工のような花びらのロウバイです。真冬に花を咲かせる樹木はほかにツバキやサザンカなど少なく、とても貴重です。

 


2020年01月09日
ミコアイサ
巫女秋沙と書いてミコアイサと読む、カモ科アイサ属の渡り鳥です。新大聖寺川にいました。体が白く目の周りが黒いため、パンダガモの愛称があります。

 


2020年01月08

 

『畑久平

加賀神明宮の社殿前に画像の狛犬があります。台座の前に『獻納』、後ろに『明治三十一年 戊戌二月十日 畑久平』と刻まれています。畑久平は、1853(嘉永6)年9月3日、越崎惣次郎の次男として大聖寺本町に生まれ、その後、畑仁平の養子となりました。北海道に渡った久平は、行商、雑貨商、漁業、海産物業者などを行い財を成しました。次男は、教育者の畑久治です。


2020年01月07

 

『出初式

次の日曜日(1月12日)は、消防出初式です。観閲行進では、伝統あるラッパ隊の勇壮な行進もあります。ハイライトは、もちろん初放水です。観閲行進は9時35分から、初放水は10時25分からで、会場は市役所前広場です。


2020年01月06

 

『蓮光寺の松

山の下寺院群の蓮光寺境内に、とても珍しい松があります。まず、松の葉が2本ではなく3本です。そして、何年も松ぼっくりが木に着いたままです。松ぼっくりが『落ちない』ことから、これからの時期、この松は受験生に大変人気です。


2020年01月05

 

『切岸(きりぎし)

山口玄蕃が守る大聖寺城を前田利長が攻め滅ぼした1600(慶長5)年の大聖寺城の戦いで激戦地となった鐘が丸には、今も土塁や切岸が残っています。画像は、鐘が丸の南側に残る切岸です。切岸は、『自然の傾斜を人工的に絶壁にして、敵が登れないようにしたもので、山城の中でもっとも重要な防御施設』です。


2020年01月04

 

『坂土橋(さかどばし)

東丸から鐘が丸に向かう途中、『下馬屋敷跡』の坂土橋です。この坂土橋は、上の『番所屋敷跡』に続きます。坂土橋は『堀切の真ん中に通された土の橋。又は、堀を掘り起こした際に土手として残した部分で、坂になっていたり直角に曲がっていたりカーブしている土橋もあり、敵を大軍で通過させないための構造』です。


2020年01月03

 

『熊坂川沿いの桜並木

年末まではまだ晴れた日もありましたが、新年に入って晴れた日はまだありません。熊坂川に架かる太鼓橋から見た上流側の様子です。今は枝だけですが、春になると桜の花で木々が覆いつくされます。


2020年01月02

 

『お松囃子

謡い始めの儀式として正月二日に行われるお松囃子は、室町時代を起源とします。江戸時代、全国で行われていた松囃子も、明治になると急速に廃れていきました。大聖寺藩最後の藩主前田利鬯公は、能楽の再興に尽力された結果、大聖寺では現在までお松囃子が続いており、全国的にも大変貴重です。画像は、大聖寺地区会館で行われたお松囃子。


2020年01月01

 

『江沼神社

三社参り一社、江沼神社です。雨の降る中、参拝者が続いていました。大聖寺藩祖前田利治公と前田家遠祖菅原道真公を祀る江沼神社の参道沿いの梅の木が、膨らみ始めた蕾で赤く見えます。